大判例

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東京高等裁判所 昭和41年(ネ)1689号 判決 1969年4月18日

控訴人(被告)

株式会社角丸商店

代理人

石川泰三

外三名

被控訴人(原告)

株式会社東食

代理人

大高三千助

外二名

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一(一)  控訴人が昭和三十九年十月二十四日進興木材株式会社(以下進興と略称)に対し原判決別紙目録記載の木材(以下本件木材と略称)を代金二三八万五、六七七円で売却したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば本件木材は当時控訴人の所有に属していたものであり、一方、証人海東彦四郎の証言中に右売買契約に控訴人主張の所有権留保の特約があつたかのような供述があるが右は証人小泉喜久男の証言と対比して直ちに右特約の存在を肯認するに足るものとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠がないから本件木材(特定物)の所有権は前記売買契約により進興に移転したものである。

(二)  <証拠>によれば、被控訴人は昭和三十九年十月二十七日ころ本件木材を進興から代金二四七万四、〇三五円で買受けたことが認められ、本件木材の所有権はこれにより被控訴人に移転したというべきである。

二(一)  控訴人は、控訴人と進興間の前記売買契約がその主張の合意解除ないし詐欺による取消によつて失効したと主張するので検討すると、<証拠>を総合すれば、控訴人と進興との前記売買契約においては、進興はその代金支払のため先づ自己振出の約束手形を控訴人に交付したが、同月末または翌月初旬に取引先の川崎物産株式会社から入手できる予定の廻り手形と差し代えて代金支払の確実を期する約であつたのに、昭和三十九年十月二十七日夕刻ころ不渡手形を出して倒産し代金決済が不可能となつたため、翌二十八日、控訴人より進興に対し本件売買契約の解約を申入れ進興も止むなくこれに同意したことが認められ、本件売買契約は同日合意解除されたものというべきである。

(二)  右合意解除の結果、本件木材の所有権は控訴人に復帰することとなるが、本件木材が右合意解除より前に既に進興より被控訴人に売却されていることは前認定のとおりであり、もし被控訴人が右売買に基づき本件木材の引渡を受けたとすれば被控訴人は右合意解除によつてはなんらの影響も受けない筋合であるが、これに反し右引渡を受けていないとすれば、控訴人の詐欺による取消の主張をまつまでもなく控訴人と進興との右合意解除により被控訴人は本件木材の所有権取得を控訴人に対抗し得ないこととなる。よつて以下に被控訴人が本件木材の引渡を受けたかどうかについて検討する。

三(一)  控訴人が進興に対して本件木材を売却した際控訴人が株式会社平田組(以下平田組と略称)に宛てて本件木材を進興に引渡されたいとの記載のある荷渡指図書を発行して進興に交付したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、進興が被控訴人に対して本件木材を売却した際、進興は平田組に宛てて本件木材を被控訴人に引渡されたいとの記載のある荷渡指図書を発行し、これを前記控訴人発行の荷渡指図書とともに被控訴人に交付したことおよび被控訴人は右二通の荷渡指図書を昭和三十九年十月二十七日(買受けた当日)の夕刻平田組の事務所に持参して呈示したことが認められる。

(二)  そこで、先ず平田組が本件木材の占有についていかなる地位にあつたかを考えるのに、<証拠>によれば本件木材が繋留されていた水面附近に「株式会社平田組置場」と書いた表示板が設置されていることが認められ、また証人滝沢正興の証言および当審における証人横井正直の証言中に本件水面は平田組の占用水面であつて平田組は本件木材を自己の占用水面で保管していたものであり、そうであるからこそ平田組宛ての荷渡指図書が通用しているのであるとの供述があるが、右供述はいずれも前記表示板や荷渡指図書の「平田組私有堀」などという記載から推測して述べたまでのものであることが後記認定の事実から窺われ、それだけで平田組が本件木材を控訴人の占有代理人として占有していると認めるには足りない。却つて<証拠>によれば、本件水面は木材業者である控訴人が東京都江東区長および深川警察署長より占用、使用の許可を受けた水面で、その場所も控訴人の事務所前であつて、平田組の私有堀ないし占用水面ではないことが明白で(平田組も占用水面を持つてはいるが本件水面とは別の場所である)、前記各供述のよつて立つ推測は前提において既に誤つているといわねばならない。そうして本件水面にあつた本件木材の占有関係についての見解は、当裁判所も、控訴人が筏屋(川並)である平田組を占有補助者として手数料を払つて筏組みやその監守をさせて占有していたもので平田組に代理占有させていたものではないと認定判断するものであつて、その理由は原審および当審(第一回)における証人野本昭二の証言(ただし一部)をその証拠原因に追加し、右野本証言の一部は措信できないと附加するほか原判決理由三(一)のとおりであるからこれを引用する。平田組が控訴人の占有代理人であるとの被控訴人の主張および平田組は控訴人の占有補助者ですらないとの控訴人の主張は、いずれも当裁判所の右判断と異り採用できない。

(三)  次いで右認定の占有補助者である平田組に宛てて発行された荷渡指図書の性質、効力について検討するのに、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、本件のようないわゆる木場における木材の取引で売主の占用水面にある木材を他に売渡した場合、これを買主側の水面に回漕するには売主から筏屋(当該売主を得意先としている特定の筏屋に限る)に依頼するのが例であり、その依頼は通常は電話や口頭で行なわれるが、本件記載内容のごとき荷渡指図書を発行し買主からこれを筏屋に示して回漕を求める例もかなりあり、売買契約自体も買主が現物を確認することなく荷渡指図書の交付を受けて代金を支払い、買受人はこれをさらに第三者に交付して転売する事例も少なくないのである(本件でも被控訴人が進興から本件木材を買受ける際現物の確認はなんら行なつていない。)。しかし、右のように買主から荷渡指図書の呈示があつても、筏屋が木材を回漕する前に、万一取引当事者間に紛争が生じ売主から筏屋に対して回漕しないよう申入れがあると筏屋はこれに従うのが常であるばかりでなく、一般に荷渡指図書の呈示があつても直ちに木材を引渡すのではなく、一応筏屋の方から当初の売主(筏屋の得意先)に対して真実回漕してよいかどうかを問合わせその確認を得てはじめて回漕に着手するというのが古くからの木場の筏屋の慣行である。本件においても、被控訴人より平田組に対して荷渡指図書が呈示されたけれども、現実の引渡に着手する前に控訴人の社員が平田組事務所に行つて控訴人と進興との間の売買契約が解約されたことを告げたうえ平田組が被控訴人から預つていた右荷渡指図書を持ち帰つたものであるが、平田組としても得意先である控訴人の承諾を受けないで回漕するつもりがないため大して気にとめることなく右荷渡指図書を控訴人に渡してしまつたものである。<証拠判断省略>

以上認定の事実によると、木材の取引に荷渡指図書が用いられた場合、各当事者間の取引になんの紛争もなく経過して最終の買受人が引渡を受け終つた場合には、荷渡指図書が木材取引の簡便と確実を期する上に役立つていることは疑いがないが、しかしこのことは荷渡指図書の交付なり呈示なりによつて直ちに木材の引渡が完成するとの意識が業者間に支配的であるとか、そのような慣習が確立していることを意味するのではなく、むしろ荷渡指図書は荷主より筏屋に対する回漕依頼の一つの手段であるにすぎず、しかもその依頼は現実の回漕が行なわれるまではいつでも発行者において電話や口頭で取消し撤回ができるものとして用いられているにすぎないことが明らかである。右のとおりで、荷渡指図書の発行、交付、呈示は、それ自体によつてこれに記載された木材の占有移転が肯定されるものでないことはもとより、名宛人に対し受取人に対する占有移転を命令したり指図したりする効力を持つものでもない。すなわち木材の占有移転があつたといいうるには、荷渡指図書の発行、交付、呈示のほかにこれを合して現物の引渡があつたと認めるに適わしい他の行為なり意思表示のなされることを要するものといわざるを得ないのである。

(四)  そうすると、控訴人より進興への本件木材の引渡が指図による占有移転によつてなされたとの被控訴人の主張は、平田組が控訴人の占有代理人でない以上、その前提を欠くし、またそれが占有改定によつて行なわれかつ進興より被控訴人への引渡が指図による占有移転によつて行なわれたとの主張も、これを容れるに十分な取引上の慣行や当事者の行為の存在を認められない本件においては、理由がないことに帰する。

(五)  なお、被控訴人は本件荷渡指図書を平田組に呈示した際平田組社員に対し本件木材の保管証明書の交付を求めたところ、平田組社員は責任者不在であるから後で右証明書を発行、交付すると約した旨主張するが、原審における証人野本昭二の証言によれば控訴人の占用水面にある木材について平田組が保管証明書を出す根拠も事例もないことが認められ、そのような証明書の発行を約したとしても現実に右発行がなされていない以上本件木材の引渡が肯定されるというわけのものでもない。

また、被控訴人は、控訴人が本件木材の引渡義務の履行を怠つたとか、進興より被控訴人への荷渡指図書の効力を否定するのが信義則に反するとか主張するが、本件荷渡指図書の性質が上記認定のとおりであるとすれば、控訴人が進興との間の取引の瑕疵を被控訴人に対抗しようとするのはむしろ当然であつて、なんら責めるべき点はなく、被控訴人の右主張もまた採用の限りではない。

四以上のとおりで、被控訴人は本件木材を進興から買受けてその所有権を取得したが未だその引渡を受けるに至らず、対抗要件を具備しなかつたのであるから、控訴人は前認定の合意解除を被控訴人に主張することができ、本件木材の所有権は控訴人に復帰したということができる。

したがつて爾余の点について判断するまでもなく被控訴人の本訴請求は失当として棄却を免れず、よつてこれを認容した原判決を取り消すべく、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(谷口茂栄 瀬戸正二 友納治夫)

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